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ホワイティ橋本

橋本 隆
印鑑通販サイトの構築&運営をしています。写真撮影からプログラミングまで、全部自前! 自称、日本一幸せなハンコ屋です♪

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シャチハタ、印鑑、表札の通販サイト【シャチハタの一心堂印房】

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ホワイティ♪ブログ

印鑑通販サイトの増改築日記 『心をこめて』
シャチハタ・印鑑・表札通販サイトのウェブマスター日記。マーケティングからプログラミングまで、ウェブサイト運営が大好きです。
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【2008/01/25 23:11】 | カテゴリ: 長~い自己紹介 |

はじめまして。

印鑑、シャチハタ、表札、ゴム印の通販サイト一心堂印房の
ホームページを担当している、橋本と申します。


ネット通販サイトを運営して、かれこれ10年になりますが、

やっと、ブログデビューです♪


さて、

このブログでは、次のようなことを綴っていこうと考えています。


■ネットショップの改良日誌

日々、ホームページの手入れをしているわけですが、

「どこをどう改良したのか」
「なぜ、そうしたのか」
「その結果、どうなるのか」

ということを記録していこうと思っています。


「今日は、ココをこんな風に変更しました。

 なぜそうしたかというと、○○だから。
 その方が、価値がより伝わって、お客さんがハッピーになると思ったから。」

みたいな感じで考えてます。


「そんなことしたら、ライバルに真似されちゃうよー」

と、心配してくれる人もいますが、


実は、大丈夫。


その理由については、いずれ「熱く」語りたいと思っています(笑)



いきなり、初日から長くなりますと、

あとが大変なので(笑)、


今日はこれぐらいにしておきます。



自称、「日本一幸せなハンコ屋が綴るブログ」、

本日、開店します♪


See You - (゜-^*)/~


See You - (゜-^*)/~


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ピザ屋の苦情承り係でした

【2008/05/28 20:34】 | カテゴリ: 長~い自己紹介 |

僕は学生時代に、宅配ピザのバイトをしていました。

(もう20年も前のこと・・・)

それまでは主に工場などでバイトをしまくっていたワケですが、
豊田市に初めて宅配ピザ屋が出来るということで、
面接に申し込んだ次第です。


せっかくの青春時代(笑)
機械相手に、汗と油にまみれてばかりではなく、

少しは女子と一緒に働く経験もしてみたい!

そんな願望があったことを、いちいち説明する必要はないのですが、
あとでコメント欄でいろいろツッコまれるのもイヤなので、
先に書いといてやりました(笑)



当時、宅配ピザ屋が出来ると聞いて、街はもう大騒ぎでした(笑)


開店から閉店まで、電話が途切れないんです。

開店から1~2時間で、夜までのオーダーが埋まってしまう。
そんな状態がしばらく続きました。

キャパシティオーバーの仕事を抱える状態が続くと、
たくさんのトラブルが発生します。


山積になったピザの下の方に、見落とした商品が残っていたりするんです。

「あ、11時頃に配達予定のピザだ。

 今は夕方4時。

 ・・・

 見なかったことにするか?」


恐る恐る電話すると、すごく冷静に話して下さるのですが、
怒っている様子がそれとなく伝わってくる方。

烈火のごとく怒る方。

長ーーーーーーい、お説教をされる方。


たくさんの経験をしました。

(お金じゃ買えない価値がある。プライスレス 笑)



いつしか、僕はアルバイトリーダーとなり、
ほぼ全ての苦情処理にあたるようになりました。


一番気が楽なのが、思い切り怒ってくださるお客様。

はっきりとお詫びのコトバを伝え、
ミスの理由を包み隠さず伝え、
改善することを約束する。
お客様の話をよく聞いて、お客様のお怒りはもっともであるとハッキリ認める。

空腹も手伝って、怒り狂っているお客様ですが、
たいていは振り上げたこぶしを下ろしてくださいました。


対応が難しいのは、
怒りを口にしないお客様。


そのままにしておくと、
何も言わずに、縁が切れてしまうんです。


ですから、不手際のあったお客様にはこんな対応をしていました。


改めて配達に伺い、代金は頂かない。

「そういうことを言っているんじゃない!」と叱られないように、
「今回はお金を頂戴できるサービスを提供することができませんでしたので、
 お代金を受け取るわけにはいきません。
 次回はキチンとお届けできるよう努力いたしますので、
 どうかこれに懲りずもう一度ご注文ください。
 お詫びといっては何ですが、その際にはこちらの割引券をご利用ください。」

と言って、800円の金券をお渡ししてました。


そうしたお客様から、次の注文を頂き、

「ありがとう!今度はちゃんと届けてくれたな」

と言葉を掛けていただくと、とても嬉しかったことを覚えています。



余談ですが、

電話で怒り狂うお客様は、配達に伺うと表に出てくることはありませんでした。

ご主人様が怒っておられる場合は、奥様が対応してくださいます。
奥様が怒りの電話をされた場合は、ご主人様が玄関に出てきてくださいます。

ほぼ100%そうでした。


それから、もうひとつ。
ちょっと切ない法則があります。

ご主人様が玄関に出てきてくださった場合は、
「今度からは、キチンとしてくださいね。」
とか、内容は様々ですが、一言おっしゃられることが多いです。

でも、目を合わせずに、棒読みに近い感じ。

そう、ご主人様の言葉ではなく、明らかに奥様に言わされているんです。


なぜか逆の場合は、ほとんど無い(笑)


男の切なさを垣間見た、学生時代のバイト生活でした。


See You - (゜-^*)/~


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プライスレス

【2008/05/29 22:35】 | カテゴリ: 長~い自己紹介 |

僕は大学で機械工学を学んでいました。

時代はバブルの真っ只中。

4年にもなると、毎日信じられない程大量の求人資料が
自宅に送られてきました。

ダンボール箱で届くものも多く、2~3日で天井に届くほどでした。

開封することは、もはや不可能ですので、
そのままゴミに出さざるを得ない、そんな状況でした。


友人達は、トヨタ自動車、ソニー、NEC等、
名の通った大きな会社に面接を申し込んでいました。


そのような状況の中、
僕はハンコ屋に就職を決めました。


今日は、そのあたりのお話をしたいと思います。


昨日は、僕が宅配ピザ屋でバイトをしていたことを書きましたが、
実はそのピザ屋の社長というのが、現在籍を置いている一心堂の社長その人でした。

一心堂という印鑑屋の社長業のかたわら、ピザ屋も経営していたのです。


当時、何度か顔を合わせることがありましたが、
その度に、ウチ(一心堂)に来ないかと誘われました。


さらに、ピザ屋の店長からは、ピザ屋に就職してくれよと誘われました。
橋本君は、絶対に飲食店向きだと、いつも言ってくれていました。


実際、機械いじりも大好きでしたが、
直接お客さんに接する仕事もとても楽しかったです。


例えば、僕が自宅でピザを焼いても、それを買ってくれる人はいませんが、
きちんとお店を構えて、きちんと告知し、きちんとサービスを提供すれば、
お客様は喜んでお金を払ってくださいます。

そのことが、単純に面白かった。
お客さんに喜ばれて、その対価としてお金を頂ける。


ま、当たり前といえば当たり前のことかも知れませんが、

そのキャッシュポイントを直に体験できたことは、
僕にとって大きな財産となっているような気がします。


大きな会社に入って、設計をしていたら、
誰から給料をもらっているのか一生気付けずにいたかも知れないなー
そんなことを思ったりもします。


大学4年になり、就職活動も本格化し始める頃、
まだ僕はバイトをしていました。


新しい店舗がオープンし、そちらを手伝っていました。

あの店長も一緒です。


もう、めちゃくちゃに忙しく、
朝8時から仕込みをし、休憩無しのぶっ通しで深夜3時まで働いていました。

卒論も仕上げなくてはなりませんでしたので、
(その学校は、卒論が本当に大変な学校でした)

大学とピザ屋を往復する生活をしていました。


バイト代は毎月30万円弱にもなりましたが、
使う時間がありませんでした(笑)。

なので、車を現金一括で買っちゃったりしてました(笑)


そんなある日、社長から東京出張に付いて来て欲しいと言われました。

というか、既に赤プリの予約が済んでいるとのこと。
なんとなく面白そうなので、ついて行くことにしました。

バイト先の店長も一緒でした。

今思えば、「赤プリ」という響きに惹かれたのかも知れません(笑)


当日、いろいろな人に合い(今はもうすっかり忘れてしまいましたが)、
夜の赤プリに着く頃には、結構疲れてしまっていたのを覚えています。

折角だから、みんなで飲もうということになり、
赤プリのラウンジで語り合いました。


ここでも、社長は僕を誘います。

「ウチに来なよ。

 橋本君が、普通に就職して受け取れるくらいの給料はちゃんと払うからさ。

 僕の片腕になってくれよ。」


すると、ピザ屋の店長も参戦してきます。

「ダメですよー、社長!

 橋本君は、絶対に飲食店向きですって!
 俺と一緒に、いずれ焼き鳥屋をやるんですからー!」

(店長は焼き鳥屋をするのが夢なんです)

ドンドン激しくなってきて、気が付けば店長は涙を流しています。

「いっしょに、なー」


大きな会社もいいけど、こういう人たちと一緒に働くのも幸せかも知れないな。

そんなことを思いました。


「ずっとハンコ屋でなくてもいいんだよ。やりたいことがあれば、バックアップするから」

社長はそんなことを言ってくれました。

(多分、そんなこと覚えてないと思いますが)


そして、僕は、

他の会社の面接を1件も受けることなく、

一心堂の一員になることを選びました。



そして、入社後、

社長に誘われて、お酒を飲みに行きました。


その帰り道、

社長は僕の肩に腕を回して、こう言いました。


「お金に換えられない、大切なものを教えてやるからな」


・・・


両方はダメですか?


そのコトバをグッと飲み込んだ、社会人デビューの夜でした。


See You - (゜-^*)/~


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だって私の人生だもん

【2008/06/01 01:00】 | カテゴリ: 長~い自己紹介 |

僕が一心堂に就職してすぐに、
JC青年の船「とうかい号」に乗船するよう命じられました(笑)

JC青年の船「とうかい号」とは、青年会議所が主催する研修船です。

 → JC青年の船「とうかい号」


研修船というと、デッキをブラシでゴシゴシやる研修を
想像するかも知れませんが、
そういったものとは無縁の研修です。


今年で35回を向かえるそうで、
僕はその第19船に乗船しました。

(1992年のことなのですが、時間が経つのは早いですねー)


船は豪華客船「ふじ丸」。

飛鳥に続く、日本で2番目に大きな船でした。

(現在も2番目かどうかは知りません)


非常に巨大で豪華な船でして、
たぶん自分でお金を払って乗ることは無いでしょう。
(というか、乗れないでしょう 涙)

約600人の研修生が乗船したように記憶しています。
11日間の船旅で、台湾と香港に寄港しました。

寄港地の青年も日本から一緒に乗船したのですが、
異なる文化や価値観の多様性を肌で感じる機会でもありました。

また、部活動や運動会などもありました。


もちろん、研修船ですから数名の講師も一緒に乗船し、
チームに分かれ、講義を受けます。


その講師の中に、中山先生という方がいらっしゃいました。

その方の話を聞いて、
若かりし僕は、背中に電気が走るような衝撃を受けます。


 「この世は嫌なことばかり。

  でも、やらねばならぬことばかり。

  どうせやるなら、楽しんでやろう。

  だって私の人生だもん」



決して綺麗な言葉ではありませんが、

「だって私の人生だもん」 というフレーズに、
心を揺さぶられてしまいました。


僕にとってこの言葉が、
仕事を始めとする、あらゆることに対して、
「見方」や「考え方」を見つめ直すキッカケになったように思います。


決して美しくはないけれど、
 僕がとても大切にしている言葉です。



話は変わりますが(笑)、

船内でブロックナイトという、カーニバルといった感じのお祭りがありました。


その中で、リンボーダンス大会が行われました。

そう、低いバーの下を潜り抜ける、あの競技です。


僕もノリノリで参加したわけですが、
やり方がよく分かりません。

一度は、60センチ程のバーを落としてしまったのですが、
敗者復活戦で、運良く復活を果たします。


そのうちにだんだんコツを掴んできて、
やがてバーの高さは、床から30センチほどに。


気が付けば僕は、中国人の軟体タコ人間と、
一騎打ちの決勝を戦っていました(笑)。


僕は短髪でしたが、床に触れていました。


そんな低いバーの下をどうやって潜り抜けたのか
よくは憶えていませんが、

結局・・・、優勝しちゃいました♪   (JTB旅行券3万円分ゲッツ!)


レッツ、リンボー! (゜-^*)/~


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イラスト自慢(笑)

【2008/06/02 02:18】 | カテゴリ: 長~い自己紹介 |

今日は僕が、19歳のときのお話です。

最近もう何年も描いていませんが、
僕は小さなころから絵を描くことが大好きでした。

好きなテレビ番組(アニメやヒーロー物)を見終わると、
広告の裏に鉛筆やボールペンで描く、
そんな幼少時代でした。


少し前のエントリーで書きましたが、
僕はバイクが大好きでした。

ナンバーが付かない、レース専用のバイクを所有するぐらい
バイクが好きでした。

その頃に読んでいた雑誌に、ベストバイクという月刊誌がありました。
(今はもう休刊してしまって、本屋に並んではいないようですが)


そのベストバイクには、読者のイラストを掲載する
「テリーのイラスト教室」というコーナーがありました。


バイク雑誌のイラストコーナーにしては、
やたらとレベルが高いんです、これが。


というのも、特選(1等)に選ばれると、
現金5000円がもらえたんです(笑)


さらに、そのコーナーを担当していたのが、
車やバイク、飛行機のイラストで有名なテリー佐原氏でした。

(彼のイラストは、車関係の雑誌や、
 ラジコン系の雑誌などで、けっこう頻繁に目にしますので、
 知っている方もいるかも知れませんね。
 僕は彼のタッチが大好きなんです)


だから、そっち系のイラストレーターを志す人たちが、
集まってきてたのかも知れません。


「これは写真じゃないの?」というくらい精密な絵を投稿する人や、
すごくポップにアレンジしたイラスト等、
毎月、ほとんどセミプロたちの絵で埋め尽くされている感じでした。


恐れ多くも、僕はそこに掲載されることに、
チャレンジすることにしました。


毎月、4点のイラストが掲載されるのですが、
さすがに特選は難しいでしょうが、
片隅に小さく載ることならば、出来るかも知れないと
思ったんです。


常連さんのようなハイレベルな絵は描けませんので、
あくまで、僕のタッチを生かす絵を描くことを心がけました。


そして、ただ写真を絵に置き換えるのではなく、
絵だからこそ伝わるものにしたい、

絵の中に登場する人間の心を中心に置いた絵を描こうと思いました。


若かりし19歳の僕が描いた絵がこちらです。

 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

ライダー



なんと、「特選」頂いちゃいましたー♪



今日は、僕の自慢話でした(笑)


(部屋の掃除をしてたら、掲載誌が出てきたのでした♪)


See You - (゜-^*)/~


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う、美しいプログラムを書きたいんだー!

【2008/06/03 00:01】 | カテゴリ: 長~い自己紹介 |

最近、毎日毎日、自分史というか、
自己紹介みたいなのを続けていますが、

退屈してませんか?


少々心配ではありますが、

構わず続けていきたいと思います(笑)


そうですね・・・、

今日はパソコンとの出会いについて、
書いてみたいと思います。


僕が始めてパソコンに触れたのは、
多分、1980年代の中盤あたり、

ファミリーベーシックだったと思います。


任天堂のファミリーコンピュータ、通称ファミコンの周辺機器でして、
ROMカセットとキーボードがセットになって販売されていました。

僕のものではなく、弟(三男)のものでした。

 → ファミリーベーシック

簡単なプログラムを書いて、遊ぶことが出来ました。


当時は、まだ「パソコン」という言葉はなく、
「マイコン」と呼ばれていたのですが、

関連する雑誌が販売されていて、
そのプログラムを打ち込んで、遊んでいました。

弟は、買ったものの、
あまり興味が湧かなかったらしく、

ほとんどの僕のモノでした(笑)



さらに、数年後。

なぜか弟が、「MSX2」という家庭用コンピュータを購入します(笑)

このコンピュータは、キーボードと本体が一体式になっており、
ファミコンと同様に家庭用テレビに接続して使うものでした。

また、本体にはファミコンのように、ROMカセットの差込口があり、
そこにゲームカセットを刺せば、ゲーム機になりました。

確か、弟はロールプレイングゲーム「イースII]を遊ぶために、
MSX2を購入したのだと記憶しています。


弟が「イースII」をクリアしてしまえば、

あとは僕のモノでした(笑)


(ロールプレイングゲームの何が面白いんじゃい、
 と否定的な僕でしたが、
 うっかりイースIIをプレイしてしまい、
 2昼夜ぶっ通しで戦い、姫を救出したときには、
 感動の涙で目を真っ赤に腫らしてしまいました 笑)


現在のパソコン、いわゆるグラフィックベースのパソコンしか
見たことがない人にはピンと来ないと思いますが、

当時のマイコンは、真っ黒な画面にカーソルが点滅するだけでした。

そこに、キーボードで命令を入力して指示を送ります。

自分でプログラムを書いて、それを走らせる。

全部、キーボードでの操作です。


マウスなんてありません。


大抵の人は、その画面に呆然と立ち尽くし、

「意味がわからん」

と、そのまま押入れの奥に仕舞い込むのがオチなのですが、

なぜか僕は、その黒い画面に挑みたくなりました。


「この奥に何があるんだろう?」

雑誌を買いあさることは出来ませんでしたので、
一生懸命本屋で立ち読みしました(笑)

友人にMSXを持っているヤツを探して、
持っている本を貸してもらいました(笑)

そうしているうちに、なんとなく分ってきたんです。


パソコンって、指示したとおりに動いちゃうんだー!


頭の中で、シミュレーションを繰り返し、
描いた動きをプログラムに書き起こす。

初めは、なかなか思ったとおりに動きません。
思いもよらないエラーで止まったり、永久ループに入ってしまって、
走り出したプログラムが止まらなくなったり。

「なんでうまくいかないんだろ?」

と、あれこれ考えを巡らせているうちに、その原因に気付く。

「あ、そうか!」

そうしたステップを踏むうちに、
それが楽しくなってしまいました。


プロの書くコード(プログラム)を見て、

「う、美しい!」

自分もこんなに、しびれるコードを書きたい!

(もうすぐ終わるので、付いて来てくださいねー 笑)


何の役にも立たないプログラムでしたが、
プログラミングそのものが興味の対象でした。


気が付けば、ウインドウズが発表され、
その上でも、ちょこちょこプログラムを書いていました。


そして、ホームページで商売を始めようと思ったとき、

「ショッピングカートも、自分で作ってやろう!」

なんて、いばらの道を進むことになっちゃいました。



ファミリーベーシック。

あれが無かったら、僕は今、何をしていたんだろう。


今の僕があるのは、キミのお陰だよ。 弟君。


See You - (゜-^*)/~


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ピ~~~ンチ!!!

【2008/06/04 00:00】 | カテゴリ: 長~い自己紹介 |

僕が一心堂に入社したのは、バブルの真っ只中。

僕の仕事は、お客様から注文を頂いたゴム印を配達することでした。
特に年度替りの時期(3月~4月)には、
信じられないほど大量のゴム印を納品したものです。


一心堂はゴム印も社内で製作していました。


簡単にその工程を列挙しますと、

版下製作(写植機)→現像→ネガフィルム→
原版→母型→ゴム焼き→裁断→見出し付け

まあ、各工程の詳細は置いといて、そんな感じで進みます。


一番最初の、版下製作をパソコンでやろう!
僕が入社してすぐに、そんなチャレンジが始まりました。


現在では、パソコンでチャチャッ!と原稿を作り、
レーザープリンタでシュン!と印刷すれば出来上がってしまうものが、
当時はカンタンには出来なかったんですね。


印画紙に1文字1文字写真を撮るんです。
そうやって、印画紙に文字を焼き付けていき、
最後に現像するんです。

パソコンみたいに画面を見て作ることは出来ません。
オペレーターの頭の中に、完成状態がイメージされていて、
現像液に浸したときに、はじめて人の目で見ることができる状態になります。

写真に文字を植えていくので、写植と言うのかも知れません。
(違うかも知れませんが)


当時、パソコンで写植の真似事をしようと思ったら、
Macintoshしか選択肢はありませんでした。

(Windows95が発表されるのは、これから数年後のこと。)


なんと、新しモノ好きの社長は、
macとレーザープリンタを導入することを決めました。

そこそこ大きなデザイン事務所にしか無かったであろう機材を、
ハンコ屋が導入しちゃったんです。

(確か、Macとレーザープリンタとソフトウエアで、250万円くらいしたんじゃないかと。)


今のものとは、まったく比較にならないくらい遅かったです。
プリントの指示をしてから、だいたい15分後にプリンタから出力されました(笑)

期待に反して「PostScript Error」なんて文字だけが印刷されることも多々ありました。


会社での僕の役割は営業だったのですが、理系の学校を出ていることもあり、

「橋本君、Macを覚えて、使い方を○○さんに教えてあげてよ」

と、依頼がきました。


これまで、真っ黒な画面に文字を打ち込んで指示を出すコンピュータしか
見たことがなかったので、Macに初めて触れたときは衝撃でした。

GUIすげ~(興奮)

マウス、すげ~(大興奮)

面白くて面白くて、毎日深夜まで遊んでました(笑)。


グラフィックソフトの使い方を覚え、エクセル(Ver2 !)を覚え、
徐々に使い方が分ってきました。


気が付けば、見積書なんかも、エクセルで作れるようになりました。

当時は、レーザープリンタの存在はほとんど知られていなかったので、
それから出力した見積書は、かなり驚かれました(笑)


そのときに、僕はあることに気付きます。


そういえば、
パソコンとレーザープリンタを使うようになってから、
全然ゴム印を使わなくなったな~。




もし、パソコンとプリンタが安価に市場に出回ったらとしたら、
ゴム印の需要は激減するんじゃないか。

でも、250万だから(笑)、大丈夫かー。


ところが、Windows95が発売され、
レーザープリンタが20万円ほどで市場に出回るのに、
それほど時間は掛かりませんでした。


もの凄いスピードで、時代が移り変わっていくのを感じました。


「やばい!ゴム印では食えなくなる!」


僕は新しい販路の開拓に迫られることになります。


つづく・・・


See You - (゜-^*)/~


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インターネットの夜明け

【2008/06/05 00:00】 | カテゴリ: 長~い自己紹介 |

昨日の続きの、始まり始まり~♪

(実は、昨日まとめて書いたものを、タイマーで更新してます。
 だって、長くなっちゃったんだもん 笑)


なんとかしなければと思っていたところに、
さらに追い討ちをかける恐ろしい出来事が起こります。


バブルが弾けました。


一気に不景気になり、どこの会社も経費削減が至上命令となりました。


ゴム印は、極端な話、
手で書けば事足りる商品だったのかもしれません。

効率よりもコストが優先されて、
それはもう見事なまでにカットされました。


毎月コンスタントに15~20万円の注文を頂いていたお客様が、
ある月を境に、3万円未満に減少してしまう。


そんなことが、起こり始めました。


上限が設定されているわけですから、

いくら売り込んでも、

どんな提案をしても、

受け入れられることはありません。



そこで僕は、営業部の売上を維持するために、

新しい販路を開拓せざるを得なくなります。



会社にはパソコンがありました。

社長の友人が、インターネットのプロバイダを経営していましたので、
インターネット環境がありました。
(いわゆるお付き合いというヤツです)

おまけで、ホームページスペースも付いていました。


当時、実際にインターネットをやっている人はほとんどいませんでしたが、

マスコミや雑誌などでは、

「これからはインターネットだ」

と叫ばれ始めていました。


プロバイダとの契約は結んでいたものの、
実際にインターネットを使ったことはありませんでした。

当時はダイヤルアップ接続で、FAXの回線を分岐させて使っていましたので、
ネットに接続している間は、FAXの送受信ができません。

なので、実際には使えなかったんです。


夜遅くなってから、インターネットに接続してみました。


とりあえず、Yahoo! のホームページを見た記憶があります。


このとき、すごい可能性を感じたんです。


これまでは、パソコンの中には、
自分たちが入力した情報しか入っていませんでした。

ところが、ネットに接続したとたん、
そのパソコンは無限の広がりを持つものに変わってしまう。


例えようのない、高揚感に包まれました。


「これは、みんなハマルぞ」


そう感じた僕は、通販サイトを作る決心をしました。


まだまだ、つづく・・・→


See You - (゜-^*)/~


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ミッション

【2008/06/06 00:00】 | カテゴリ: 長~い自己紹介 |

(タイマー更新、第3弾です)

さて、ネット通販を始めようと思ったのは、

たまたま会社にネット環境があって、

たまたま自分がパソコンを触れて

たまたま新しい販路の開拓が必要になって、ということが
大きな理由だったのですが、

実際に準備に取り掛かると、
あらゆることが「つながる」ことに気付きました。


いわゆる客商売が好きだということ。

一心堂に入社したこと。

仕事に対して、楽しく取り組みたいと思っていること。

絵を描くことが好きだったこと。

パソコンを扱うのに抵抗が無かったこと。

パソコンでプログラミングが出来たこと。


そして、リンボーダンスは、

 関係ないか(笑)



これらは、すべてホームページ作りに必要なことでした。


だからといって、すべてが順調に進んだわけではありません。

製作を始めてから、数年間はあまり寝ていませんでしたし(1日平均3時間未満)、
ひとつの問題がクリア出来ず、1ヶ月以上も足踏みをしたことも
一度や二度ではありません。

※その詳しい経緯はこちら→ 熱いご挨拶


全てがつながった時に、

「これは自分が全身全霊を傾けて取り組むべき仕事だ。」

そう感じたから、困難な状況にもめげず、
出口の見えないトンネルの中も、
迷わず走り続けることが出来たのだと思います。


ウェブサイトのオープン後も、
たくさんのお客様とのやり取りの中で、
たくさんの大切なことを教えていただく機会に恵まれました。

教えて頂いたことを元に、ウェブサイトを何度も何度も作り変えました。

その作業を、オープン以来延々と続け、
大小含めると、数え切れないリニューアルを経て現在に至ります。


お陰さまで、オープン時には予想もしなかった程多くのお客様に
ご利用いただけるようになり、
僕を支えてくれるスタッフ達の頑張りのお陰で、
たくさんの方々に愛されるショップに育ってまいりました。



弟が買った任天堂のファミリーベーシック。

弟が買ったMSX2。

ピザ屋のバイト。

社長や店長との出会い。

バブル崩壊。


大小様々な縁がありますが、

どれかひとつでも欠けていたら、

僕はホームページ作りをしていなかったかも知れない。


そう考えると、全ては必然だったのかなー、

そう思わずにはいられません。



勉強会の友人たちが、僕に付けてくれたキャッチコピーがあります。

「モニタの向こうの、あなたの笑顔が見たいから」


ちょっとカッコ良すぎですが(笑)、



これらを全部ひっくるめて、

うーーーーーんと考えた末に、僕のミッションが見えてきました。



ホームページを通して、

 お客様のハッピーのお手伝いをすること。




長々と数日に渡って自己紹介を書きなぐって参りましたが、

僕の頭がスッキリとしたところで、お開きとしたいと思います(笑)


ご清聴ありがとうございました <(_ _)>


See You - (゜-^*)/~


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